|
彼女は僕にとって唯一の癒しだった。 そして彼女は僕に人を愛するということを教えてくれた。 彼女が側にいてくれるなら、僕はどんなに辛い訓練や投薬にも耐えられる。 もし僕のたった一つの願いを叶えてくれるのならば、この世に神様って奴が存在してるって本気で信じてやってもいい。 もう少しだけ・・・ あとほんの少しだけでいいから、 彼女――と一緒にいさせて欲しい・・・・・。 僕が初めて彼女と会ったのは、おっさん―アズラエル―に頼んでおいた新しいゲームソフトを貰って部屋に帰る途中のことだった。 僕はゲームソフトを手でポーンポーンと軽く上に投げながら歩いていた。 その時、前方から白い軍服を着た偉そうな奴が、 手元の資料を見ながら歩いていたせいで僕に気付かなかったのか、擦れ違いざまに僕の肩にぶつかった。 そのはずみでゲームソフトが音を立てて床に落ちる。 そいつは僕を見るなり謝りもせずに、 「おい!気をつけて歩け!」 と言って、その場を去っていった。 あまりの不当な扱いに僕はキレて、そいつの姿が見えなくなったところで、 「てめぇが前を見てなかったんだろ!あいつ、いつか滅殺っ!!」 と大声で吐き捨てた直後― 「そういうことはここじゃなくて部屋に戻ってから言った方がいいんじゃない?」 急に背後から声を掛けられた。 咄嗟に振り向くと、白い軍服を着た女が僕のゲームソフトを拾ってくれていた。 今言ったことをおっさんに知られたらヤバイと思いながら、僕はどう言い訳しようか探しあぐねていると、 「はい、これ」 と彼女は笑顔でゲームソフトを差し出した。 よく見ると、彼女は白い軍服を着ているが、年は僕とそんなに変わらないくらいにみえた。 ゲームソフトを受け取り、僕は「サンキュ」とそっけなく答える。 「どういたしまして」 相変わらず笑みを絶やさずにそう言うと、彼女は行ってしまった。 僕はこの出来事を別段気に留めることもなく、 部屋に戻った時にはほとんど忘れていた。 その日以来、何度か廊下で彼女と擦れ違うことがあり、彼女はその度に僕に一言話しかけて きた。 「この間持ってたゲームはもうプレイしたの?面白かった?」 とか 「今日は疲れてるみたいね」などのとりとめのない事だ。 僕は彼女がなぜ自分に話しかけてくるのかさっぱりわからなかった。 そんなのは鬱陶しいだけだ。 何度か「僕に構うな」と言おうとしたが、年は同じくらいにみえても 一応僕より偉い立場にいる奴だから反抗するのは後々よくないと思い直し、無愛想にでは あるが彼女に応じていた。 後日、毎回僕に話しかけてきた理由をに聞くと、 「周りに同い年くらいの人がいなかったから親近感を持ったんだ。クロトは話しやすそう だったしね」 ということらしい。 だがそんなある日、僕の中で彼女に対する見方が変わった。 訓練の後、僕は憂鬱な気持ちで廊下を歩いていた。 今日も廊下で擦れ違ったらあの女が話しかけてくるんだろうか。 だいたいあの女は、なんで擦れ違う度に僕に話しかけてくるんだ? ウザイんだよ。 僕の事はほっといてくれればいいんだ。 今日こそは一言いってやる。 「僕に構わないでくれ」と。 いくらあの女が僕より偉いからって、文句の一つくらい言ったって罰は当たらないだろう。 そう思って歩いていたが、今日は彼女は現れなかった。 別に毎日擦れ違うわけではないが、このところ一日おきには顔を合わせていた。 今日はついてるなと思い、僕は急に気分がよくなった。 そう、この日までは。 それからというもの、次の日もその次の日も、一週間経っても彼女と廊下で擦れ違うことがなかった。 最初は、 ―あの女もさすがに僕の気持ちに気付いてたんだろうな。これでいちいち気を使う必要が なくなるよ― という思いしかなかった。 しかし日が経つにつれて、いつからか廊下を歩く度に、 ―今日もあの女はここを通らないんだろうか。 前は ウザイくらい顔を合わせてたのに、急にどうしたっていうんだよ― と、まるで心にぽっかり穴が開いてしまったような寂しさを 感じるようになった。 どうしてそんな風に思うようになったのか僕自身にもわからない。 ただ、もう一度彼女と会いたかった。 屈託のない笑顔で、少し高めのやわらかい声で 話しかけてくる彼女に。 それから10日程経っただろうか。 訓練に行こうと廊下を歩いていると、 「これから訓練に行くの?」 と背中に 聞き慣れた声を受けた。 この数週間、ずっと聞きたかった声を。 一瞬、幻聴かと思った。 でも振り向くと、緩やかな笑顔を浮かべた彼女がそこに立っていた。 僕は驚きのあまり呆然としてしまい、すぐには言葉が出せなかった。 胸の奥から暖かい感情が溢れ出してくる。 この感情はなんだろうか? 「どうしたの?もしかして・・・無視かしら?」 黙って突っ立っている僕に向かって、彼女は再び問いかけてきた。 その言葉に僕はカッときて、 「なっ・・!違うよ!! そっちこそ今まで何やってたんだよ!!」 と言ってしまった。 彼女はキョトンとした顔をして僕を見つめる。 思わぬ失態に、顔中が一気に熱くなるのを感じた。 僕は恥ずかしくなって彼女から顔をそむけた。 そんな僕を眺めながら、彼女は満面の笑顔で口を開いた。 「もかして、気にしててくれたの?」 「そっそんなわけないだろ!! いちいち話しかけてくる奴がいなくなってせいせいしてた所だよ!!」 核心を衝かれて僕は慌てて否定したけど、 本当は彼女の言う通りだった。 僕はいま彼女と会えてこれ以上にないくらい嬉しかった。 でも、それを彼女に知られたくなくて、 僕は必死に意地を張った。 「そっか・・・。先週は用事があって本部の方に行ってたんだ。だからちょっと忙しくてね」 本部か。 僕は軍の階級制度についてはよくわからないけど、白い軍服を着てる奴は僕より偉いということくらいは知っている。 MSのパイロットになる為だけに監獄からここに連れてこられてた僕と違って、彼女は色々と大変なんだろう。 僕がそんな事を考えていると、 「そういえば、これから訓練に行くんじゃないの?時間大丈夫?」 と、気がついたように彼女が言った。 「あっ、ヤベ!遅刻するとあいつらうるさいんだよな。怒られたらお前のせいだからな!!」 僕は相変わらずの口調でそう言い放つと、訓練場に向かって走り始めた。 これが訓練の後だったら もう少し彼女と話していられるのにと思いながら。 すると― 「あ・・待って!」 急に彼女が大声で僕を引き止めた。 「なんだよ?」 上半身だけ振り向いて僕が答えると、 「名前・・・名前教えてくれないかな?私は・」 と、彼女が言った。 意外な問いかけに僕は少し驚いたが、同時に胸の奥から溢れ出してきた暖かい感情で身体中が満たされるのを感じた。 僕は笑顔で答えた。 「僕はクロト・ブエル!覚えておきな!!」 そう言い置いて、僕はその場を後にした。 身体中に溢れるこの暖かい感情はなんだろう。 この感情をなんと呼ぶか、僕はまだ知らない。 |

| 広告 | 通販 花 ゲーム アニメ | 無料 チャットレディ ブログ blog | |