すべては、ディアッカの一言から始まった。
act.1 始まり
「イザーク。お前明日の午後って空いてるか?」
金曜日の夕刻。
アカデミーでの授業が終わり、寮に戻ろうと一人足早に教室を出ると、
俺を追いかけるようにしてついて来たディアッカ
が声を掛けた。
「明日?特に用はないが。何かあるのか」
足を止める事無く、並んで歩くディアッカにチラリと視線を送る。
「じゃあさ、映画見に行かねぇ?」
突然の言葉に、俺は自分の耳を疑って不覚にも立ち止まってしまった。
そのせいでディアッカは二、三歩前に進み出てから俺の様子に気がつくと、足を止めて、「どうしたんだ?イザーク」と言いながら
不思議そうにこちらを振り返る。
その行動から、奴が先程俺に言った言葉を気に掛ける様子は見当たらない。
どうやら俺の聞き間違いではないらしい。
俺は見慣れた友人をいつになく、穴が開く程にまじまじと見つめた。
男同士で映画だと?
無類の女の子好きで有名なディアッカから、そんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかった。
なにせ「ドライブや映画館に行くのは女の子とするもんだろ」と公言する奴である。
これが驚かずにいられるか?
どう考えても天変地異の前触れとしか思えない発言だ。
「ディアッカ・・貴様熱でもあるのか」
しばらくして、俺は奴が正気かどうかを確かめようとして口を開いた。
熱でもなければ、この男からこんなふざけた言葉が出てくるはずがない。
「? 俺は至って元気だぜ」
質問の意図を全く理解できてないらしいディアッカは、
突然何を言い出すんだと言うように首を傾げては、見当違いの答えを寄こす。
そんな奴の態度に少なからず苛立ち感じた俺は、
「男二人で映画を見に行くのかと言っている!」
とはっきり言葉にして言ってやった。
するとディアッカはプッと吹き出した。
「ああ、そういうことね。まぁ似たようなもんかもな」
平然と言ってのけるディアッカに、俺は苛立ちもどこかに唖然としてしまった。
本気で言ってるのか?
やや軽い棒立ち状態に陥ったが、今までの経験上、こういう時の奴には必ず裏があるはずだと思い直した
俺は、その真意を問う事にした。
「一体どういう風の吹きまわしだ?」
「まぁ早い話がチケットが余ったってだけなんだけど。でもこの映画、お前には絶対興味のある話だと思ってさ」
最後の言葉は自信たっぷりといった感じにそう言うと、
ディアッカは徐に胸ポケットからチケットらしき紙切れを一枚取り出し、俺に差し出した。
そういう事か・・と一応納得しながらも、俺はチケットをすぐに受け取る事はせず、奴の表情を静かに窺う。
俺の行動などお見通しだと言わんばかりに、ディアッカは悠然と構えている。
それが気に食わなかったが、奴がそれ程までに自信に満ちた様子なのは気に掛かった。
俺を一番よく知るであろうディアッカが、「俺が興味を持つ」と確信を持って言うのだ。
少しくらいは耳を貸してやっても罰は当たらないだろう。
もちろん、その内容如何によっては後で容赦しないが。
渋々奴の手からチケットを受け取り、それに目を遣ると、派手なタイトルロゴが目に止まった。
どこかで目にした事のあるタイトルだ。
「主人公が民俗学者なんだ」
チケットに目を通している俺に、ディアッカは簡単に映画の内容を説明する。
「ドイツのある民話を研究してる主人公が、その研究の為にミュンヘンを訪れた時に、民話に纏わる不思議な出来事に遭遇するって話。今プラント中ですっげえ人気らしいぜ。
お前民俗学とか民俗伝承って好だっただろ?」
奴の言う通り、俺は民俗学を趣味としている。
暇さえあれば、世界各地の民俗学や民俗伝承についての文献を読み漁っているくらいだ。
古くから受け継がれて来たしきたりや習わし、民話などは非常に興味深い。
そこにはその時代を生きた人々の発想や生活の知恵が散りばめられており、当時の生活様式や歴史的背景を窺い知る事ができる。
長い歴史を陰で支えた人々の生活や文化を読み解くのは面白く、俺を飽きさせる事はなかった。
ドイツの民話と言えばグリム童話が有名だが、それ以外はあまり覚えがない。
まあ映画ならフィクションと言う事もあり得るが、民俗学者の主人公とドイツの民話という部分だけで十分に興味を引くものがあった。
悔しい事に、ディアッカは俺の嗜好をよく理解している。
全く食えない男だ。
奴の誘いにまんまと乗ってしまうのは多少不本意ではあるが、
たまには友人に付き合って出かけるのも、良い気分転換になるかもしれない。
俺が興味のある話だからとわざわざ誘った事を、少しは労ってやろうじゃないか。
「明日は特に用事もないしな。いいだろう」
俺の返答を聞く前から、そう言うだろうと自覚していたらしいディアッカは、非常に満足した表情を浮かべた。
何となく貸しを作ったような気がして、やはり断るべきだったかと自分の浅はかさに少し後悔する。
だが今さら断る訳にもいかず、観念して再び歩き出そうとすると、
「あ、そうそう。言い忘れるところだった」
急に思い出したようにディアッカが俺を呼び止めた。
「似たようなもんっつっても、男二人で行くんじゃないから安心していいぜ。幼馴染のも一緒に来るから」
「幼馴染が?」
ディアッカの幼馴染、それは・の事だ。
俺は彼女の事をディアッカの口から何度となく聞かされていた。
家が隣同士な事から近所付き合いをする内に親同士が親しくなり、その子供であるディアッカと彼女は幼い頃から兄妹のように育ったらしい。
随分仲が良いのか、ディアッカが彼女の事を話に持ち出すのは日常茶飯事である。
ディアッカの幼馴染と言えば、誰もが口を揃えて彼女の名前を答える事が出来る程にだ。
それをほぼ毎日聞かされている俺としては、いい加減鬱陶しくてしょうがない。
なんでも奴の話に拠れば、その幼馴染は大層な美人で、かなり頭が切れるらしい。
最初はこいつの判断基準など当てにならんと聞く耳も持たなかったが、それもあながち嘘ではないようだ。
以前二コルがピアノの演奏会を開いた時、俺は行かなかったが、ディアッカと一緒に彼女も参加した事があった。
ナチュラルと違って、皆容姿が優れているコーディネイターの中でも、非常に美人な子だったと珍しく興奮したラスティが何度も口にしていた。
あのプラントの歌姫であるラクス・クラインを婚約者に持つアスランですら、同じような事を言っていたくらいだ。
「ああ。元々二人で見に行くつもりだったんだけど、なんかが知り合いに余分にチケット貰ったらしくてね。
んで、せっかくだから誰か誘おうって話になってさ」
「そういう事なら、ラスティを誘った方がいいんじゃないか?」
俺はラスティが彼女について話している時の事を思い出した。
あいつもそれなりに女好きではあるが、ディアッカと違って誰構わずと言うわけではない。
本気で興味を持った女しか相手にしないのだ。
そのラスティがあんなに興奮して彼女の事を語っていたのは、彼女に好意があるからじゃないか?
初対面の俺が行くよりは、お互い都合がいいんじゃないかと珍しく気を使って口にした言葉だったが―
「ラスティはこういう話好きじゃないだろ。もしかして・・がいたらまずいか?」
それを、彼女が来る事への不快感から言い出した言葉だと捉えたらしいディアッカは、
少しして「しまった!」と言うように急に顔色を変えた。
いくら奴の幼馴染とは言っても女である。
極度の女嫌いの俺には、幼馴染だろうが女であれば、当然不快感を露にして怒り出すとでも思ったのだろう。
ディアッカは身構えるようにして、恐る恐る俺の様子を窺っていた。
「俺は別に構わん」
だがそんな奴の心配を余所に、俺は何でも無い事のように素っ気無く答えた。
確かに女は嫌いだが、男二人で映画を見るよりは遥かにマシだ。
それは、他の友人どもに比べれば多少信頼のおけるディアッカの幼馴染だけに限られるが。
彼女は少なくとも、俺の周りにいるバカな女どもとは違うと考えていいだろう。
何しろ、このお気楽な男と16年間も仲良く幼馴染をやっているのだ。
余程我慢強いか、神経が図太くなければ、こいつの幼馴染など務まらん。
それは俺自身が身を持って実証済みだ。
そういう意味では、彼女にはある種の同情すら感じる。
よくよく考えてみれば、男二人で映画館に入るなど、こんな恥ずかしい事はない。
今回ばかりは、その幼馴染に感謝したい所だった。
「そっか。じゃあ、明日はよろしく。俺ちょい用事があるから、後でな」
そんな俺の態度が意外だったのかディアッカは少しの間呆気に取られていたが、
我に返ってホッとしたような表情でそう言うと、背を向けてその場を去って行った。
運命はいつ、どのように変化するのか誰にも予測できない。
些細な事が命取りになることもあれば、それが一瞬の内に幸福に変わることもある。
俺のように、一人の少女によって、今までの自分と全く変わってしまうようなことも。
ディアッカには感謝している。
あいつは彼女と出会い、知り合うきっかけを俺に与えてくれたのだから。
第2話です。
ヒロインに出会うきっかけを作ったのは、なんと悪友のディアッカでした(笑)
さーて、どうなる事やら。
イザークの趣味の「民俗学」。実はこの話を考える前まではずっと「民族学」だと思ってた私は
大バカ者です・・。
それでは最後になりましたが、読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!